sugar-free

「おあずけとなった今年の夏のいい日を、きっと俺達はとり返そうぜ」

春琴 @ 世田谷パブリックシアター


谷崎潤一郎春琴抄」「陰翳礼讃」より

演出:サイモン・マクバーニー
出演:深津絵里、チョウソンハ 立石凉子内田淳子、望月康代、麻生花帆、瑞木健太郎/高田恵篤、下馬二五七
/本條秀太郎(三味線)

こちらも再演。ですがこちらは初演を観ていません。
評判どおり素晴らしかった。今日は逆方向に突出した素晴らしい2作品を観た日だったなあ!

小道具が黒子によって次々に組みかえられていく様、単なる細い棒が、卒塔婆、松の木、三味線、建物へと姿を変える様、そして春琴さえも次々と姿を変えていく様が見事かつどれも素晴らしい美しさで見惚れました。

(3/26追記)
冒頭、開演前のざわつきもそのままに役者さんが一列になってとことこと舞台上に現れる。そして男性が一人語っていく中、他の人たちはゆっくりと一歩ずつ後退していく。そのゆっくりした歩みとともに、客席がゆっくりゆっくり暗くなっていくのです。まず、横一列に並んでいる端っこの人の姿が暗闇にまぎれ、恐らく自分の目の裏に残っていた残像と重なって、「あそこにいるはずの人は今見えなくなっているのか、見えているのか」が分からなくなりました。そんな状態になってもまだなお、その暗さの度合いが増していっているのがわかる。一人顔だけをやわらかく照らされている人の顔を残して、「まだ暗くなれるの?」とどんどんどんどん驚いてしまうような深い闇へいざなわれる。しょっぱなのこのシーン、そしてサブタイトルに示され、作品中にも語られた「陰翳礼賛」の言葉がぐぐっと迫ってきました。

今回、節約してA席である3階席から鑑賞したのですが、このシーンで会場全体が暗闇に包まれていくさまを観ることができたことと、遠目だからこそ、籠から羽ばたく雲雀を表す紙と鳥の映像が合わさって、本当に鳥が羽ばたいていくように観えたことは、かえってこの席でよかったかもと思わされました。逆に、仮面をつけたバージョンの春琴がよく観てとれなかったので損しているかもしれませんが。仮面春琴から深津さんへと入れ替わるシーンのダイナミズムはしっかり伝わってきたのでよしとします。つか、この入れ替わるシーン、なんだか分からない、ぞくぞくとした興奮を感じました。いつの間にか深津さんだけが佐助を蹴っていたところから、真っ黒い服に一切無駄のない動きで艶やかな着物が着せられていくところまで。今これ書きながら思い出してもぞくぞくする。


深津さんは最初っから最後まで素晴らしかったなぁ!もう、思い出しながらギリギリしてしまう素晴らしさでした。子供春琴の声が無機質な浄瑠璃人形の顔と合わさって発せられたときのミラクルっぷりといったら。無垢とその中に潜むちょっとした狂気とを一気に理解させてくれる声。
チョウソンハさん、スズナリでの岩松3作品再演のとき「アイスクリームマン」に出演されていて、正直いいシーンでのキンキン声にげんなりしてしまい、苦手意識のある役者さんでした。でもこの作品では素晴らしかったです。鍛え上げられた肉体もそうですが、身のこなしから思いがあふれ出しているように見えました。