sugar-free

「おあずけとなった今年の夏のいい日を、きっと俺達はとり返そうぜ」

フォックスキャッチャー

すんごい息苦しさ。
こわい、というよりも息苦しいという感想です。

あの大富豪、最初っから見るからにやばいんだけど、一歩間違えたら(いや一歩間違えなくても)もしかしたら自分もああいう風になってしまうかもしれない、と思ったりする。もし自分が好きにできるお金がたくさんあったら、もし自分が好きなものを親から嫌な顔で見続けられたら、もし友達がひとりもいないと思い込んでいたら、もし誰とも本気で喧嘩したことがなかったら、などなど。


ずっと重いトーンで説明台詞やナレーションもなく、登場人物の視点ではなく、ずっと俯瞰の「ドキュメンタリーカメラ」の視点で撮られた映像。すごく不親切なんだけどそこがまたこの作品のトーンを決定的に位置づけていたように見えました*1


そしてわたしはその不親切さを愛す。


ちょうどここ1か月くらいで3人の作家さん(朝井リョウさん、西加奈子さん、又吉直樹さん)が感情移入・共感が果たして必要だろうかという疑問を提示していました*2。朝井さんはNHKのドキュメンタリーで、西さんはNHKアサイチのゲストで、又吉さんは王様のブランチで。「本の感想を聞くと“共感しました”とか“登場人物に感情移入できなくて楽しめなかった”とか言われます。でも“共感”って本当に必要でしょうか。共感できなくたってすばらしい作品はあるはずです」といったような内容。
さらにそこから思い出すのは宮藤さんが『万獣こわい』のパンフレットの座談で語っていた「最近(の演劇などの作品は)親切過ぎない?もっとわかりにくくたっていいはず」という話*3
ありがとう、という気持ちなのでした。
演劇でも最近は本当にわかりやすくしようとして入れられたであろうセリフや演出にゲンナリすることがよくありました。作者自身に自信がないのか、俳優さんを信じていないのか、観客を信じていないのか。直接問うわけにもいかないので、そのままその劇団を観劇することから離れてしまうこともありました。


だもので、こういった不親切だけど結末を視聴者に投げっぱなしでもない作品をガツン、と見せてもらうとめちゃくちゃにうれしくなってしまうのですよわたしは!
…ということを言いたいがためにずいぶん話をそらしてしまいました。


帰ってきたらこんなニュースが。キーワードは「大富豪」と「ドキュメンタリー」。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150317-00000085-jij-n_ame
事実は小説より奇なり。いや、フォックスキャッチャーも事実なんだった、事実すげーな!

*1:あのアスリートなのに!なひどい食事の雄弁さといったら

*2:お三方仲良しさんなんだな、とにやにやします

*3:うろ覚えです