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「おあずけとなった今年の夏のいい日を、きっと俺達はとり返そうぜ」

今年の三月の5日間

3月16日、三谷さんの「国民の映画」を観に渋谷に向かった。余震も続いていたし、「国民の映画」自体も、11日から休演していて(15日はもともと休演日だった)、前日の夜にその日の上演が知らされた。震災後、はじめての上演。
病気療養中の母と、そのつきそいの姉は病院近くのホテルの上層階で数日を暮らし、余震が続く中、高層の建物独特の揺れや、食料や水がなかなか手に入らないことで、熱を出したり気分がふさいだりしていたようだった。もともと姉と行こうと思っていたこの公演、移動が大変で母も一人でおいてこなきゃならないけど、もし気分転換になると思えるようだったらおいで、これないようだったらそれでかまわない、と声をかけておいた。姉は5年以上海外で暮らしていて、母の看病のために3ヶ月ほど日本に帰ってきていた。


待ち合わせの前に東急フードショーに入った。この日は18時に閉店するらしく、早い時間だけどお弁当やお惣菜が安くなっていた。閉店ぎりぎりに、母と姉のためのお弁当を買った。


渋谷の井の頭線との乗り換えに使う山手線の改札で待ち合わせをして、姉はちょっと遅れてきたけれど、絵が好きだし、「まだ観てなかったよね?」と「明日の神話」の前に連れていった。わたしはあんまり積極的に絵を観る方ではないんだけど、このときはなんだか私も観たかったし、姉にも見せたくなったのだ。例のチンポムの騒動があるまで、原子力がテーマのひとつである作品とは知らなかった。
いつもより暗くて、いつもより人通りの少ない、いつもの場所に「明日の神話」はちゃんとあった。下から照らされている光がぼんやりと絵を照らしていて、筆の力強さを感じながらふと振り向いてみた。
そこからは、ここがそうとは信じられないほど人通りの少ないスクランブル交差点が見えた。周りの建物や看板の灯りがついていないせいか、小雨が振り出しそうな湿気の多い日だったからか、薄くもやがかかったように見えた。すごく静かな景色を観ながら、どこか遠い出来事のように感じながらも、改めて「非常事態だ」と思った。


そのとき、この場所が「三月の5日間」でデモを眺めていた場所だ、ということに思い当たった。今日はあの日から5日だ。そして、イラク戦争が始まった3月21日までも5日だ。外にはデモではないけど明らかな非常事態。ふりかえるとぼうっと照らされた「明日の神話」。三月の5日間。


渋谷パルコは震災のため休館していて、パルコ劇場へ向かうエレベータが一基だけ動いていて、係りの方が丁寧に対応してくれた。公演再開にあたって、開演前に三谷さんが挨拶にでてきた。頻繁に続いていた余震が上演中はまったく起こらなかった。作品中の映画や歴史に明るい姉は、一人の人がこの作品を書いたということに感嘆し、久しぶりにとってもいい笑顔で滞在中のホテルに向かった。