- 作者: 益田ミリ
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2008/01/01
- メディア: 単行本
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これを読んで泣いた人、「泣ける」と評する人はきっとここで描かれている内容からやや離れた場所にいる人なんだろうと思う(ちょっとうらやましい)。というのも、描かれているエピソードのうち私がひっかかったのは、10年勤め上げたうえに妊娠を機に会社を辞めた妊婦さん=今の私からは一番遠い登場人物とのエピソードだったから。
このエピソードは2話に分かれていて、1話目は「30代半ば・独身・ひとり暮らし」のすーちゃんから見たエピソード、2話目は妊婦さんから見たエピソードが描かれる。1話目ですーちゃんは、「妊婦さんと話すときは、その子供の話しかしちゃいけない気がする。でもほんとのところは子供のことにはそんなに興味があるわけじゃなくて疲れちゃうんだ、ごめん(と心の中で妊婦さんに謝る)」と思っている。それに対して2話目で妊婦さんは「すーちゃんに気を使わせちゃったな」とちゃんと気づいている。そして、「自分は結局ここに落ち着いたな」と思う。「10年間必死で働いたけど、もしかしたら10年前に辞めてたっておんなじことだったのかもしれない、働いたことも仕事を辞めたことも自分で選んできたことだけど。」「子供が産まれたらきっと自分は変わってしまうだろう、まったく違う人間になるかもしれない」「だからその前にすーちゃんに会っておきたかった」と思う。
結婚、妊娠・出産で変わってしまう女性は本当に多い。恋人ができたら女友達をないがしろにしてしまうタイプ「ではない」女性でもそう*1。長くつきあってきたのに、結婚や出産を機に、会う機会が減るという物理的な距離だけではなく、気持ちの上でも疎遠になってしまった女友達を何人も思い浮かべることができる。この本の別エピソードにあるように「子供産みなよ、生理痛も軽くなるよ」というようなデリカシーに欠ける発言、連絡なしの遅刻に対して「子供がぐずったから。ホントに大変なのよ」と謝罪もしないような行為など。そういうものを受けるたびに、この本の中の女性のように「こういう鈍感な発言に傷つくことができる自分でいたい」と思ったし、おそらく彼女たちには少なくとも世間的に良しとされる結婚・出産を成した人間としての優越感と、結婚・出産をしていなかったらできていたかもしれない私のような人間の生活に対する「隣の芝生」的な羨望とがまじってこうなってしまっているんだろうと想像して自分を納得させてきた。そうでも思わないと、それまで培ってきた関係を「今の私にとっては優先度が低いんです」と宣言されるような行為に耐え続けるなんてできない*2。
私はそういう彼女たちに対してすーちゃんのように「ごめん」とはこれっぽっちも思わないので、こう思い込むのは虫がよすぎるとは知っているんだけど、彼女たちがこの妊婦さんのように「変わってしまう自分」や「変わってしまった自分」を自覚してくれているなら、ちょっと救われる。救われる?や、違うな、ちょっと気持ちが軽くなる。